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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)84号 判決 1963年5月31日

判   決

東京都文京区柳町二二番地

上告人

鵜殿静広

右訴訟代理人弁護士

霜山精一

吉岡秀四郎

緒方勝蔵

東京都千代田区大手町一丁目七番地

被上告人

東京国税局長

武樋寅三郎

右指定代理人

青木義人

青木康

広瀬時江

右当事者間の所得税青色審査決定処分等取消請求事件について、東京高等裁判所が昭和三五年一〇月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

訴訟費用は、各審を通じ被上告人の負担とする。

理由

上告人代理人霜山精一、同吉岡秀四郎、同緒方勝蔵の上告理由第一点および第二点について。

原判決の確定した事実によれば、上告人は所得税青色申告の承認を受けたものであるが、昭和三一年度分の所得につき青色申告書により所得金額を三〇九、四二二円と確定申告したところ、小石川税務署長は、昭和三二年七月二九日附をもつて右所得金額を四四四、六九五円と更正した、ところが、その通知書には更正の理由として、「売買差益率検討の結果、記帳額低調につき、調査差益率により基本金額修正、所得金額更正す」と記載されていた、また、被上告人東京国税局長がした本件審査決定の通知書には棄却の理由として、「あなたの審査請求の趣旨、経営の状況その他を勘案して審査しますと、小石川税務署長の行つた再調査決定処分には誤りがないと認められますので、審査の請求には理由がありません」と記載されており、なお、右小石川税務署長の再調査決定通知書には「再調査請求の理由として掲げられている売買差益率については実際の調査差益率により店舗の実態を反映したものであり、標準差益率によつた更正ではなく、当初更正額は正当である」との理由が附記されていた、というのである。

一般に、法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものであるから、その記載を欠くにおいては処分自体の取消を免かれないものといわなければならない。ところでどの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきであるが、所得税法(昭和三七年法律六七号による改正前のもの、以下同じ。)四五条一項の規定は、申告にかかる所得の計算が法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障したものであるから、同条二項が附記すべきものとしている理由には、特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要と解するのが相当である。しかるに、本件の更正処分通知書に附記された前示理由は、ただ、帳簿に基づく売買差益率を検討してみたところ、帳簿額低調につき実際に調査した売買差益率によつて確定申告の所得金額三〇九、四二二円を四四四、六九五円と更正したというにとどまり、いかなる勘定科目に幾何の脱漏があり、その金額はいかなる根拠に基づくものか、また調査差益率なるものがいかにして算定され、それによることがどうして正当なのか、右の記載自体から納税者がこれを知るに由ないものであるから、それをもつて所得税法四五条二項にいう理由附記の要件を満たしているものとは認め得ない。

また、所得税法四九条六項が審査決定に理由を附記すべきものとしているのは、特に請求人の不服の事由に対する判断を明確ならしめる趣旨に出たものであるから、不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならない(昭和三六年(オ)第四〇九号、同三七年一二月二六日第二小法廷判決参照)。もつとも、審査の請求を棄却する場合には、その決定通知書の記載が当初の更正処分通知書または再調査棄却決定通知書の理由と相俟つて原処分を正当として維持する理由を明らかにしておれば足りるというべきである。ところが、本件審査決定通知書に附記された理由をみるのに、前示のごとき記帳だけでは、所得税法四九条六項の理由附記として不十分であるのみならず、本件更正処分通知書に附記された理由が処分の具体的根拠を明確にしていないことは前示のとおりであり、小石川税務署長のした再調査棄却決定通知書に附記された前示理由によつても更正を相当とする具体的根拠が明確にされているものとは認められないから、結局、本件審査決定の理由もまた、違法といわなければならない。

されば、本件更正処分通知書並びに審査決定通知書の理由附記が所得税法四五条二項または同法四九条六項の要求する理由の附記として欠くるところがないとした原判決の判断は、右各法条の解釈適用を誤つたものであつて、論旨は理由あるものというべく、右の違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、その余の論旨について判断を加わえるまでもなく、原判決は破棄を免がれない。そして、本件更正処分および審査決定の各取消を求める本訴請求を認容すべきことは、以上の説示によつて明らかであるから、被上告人の控訴は棄却すべきものとする。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第二小法廷

裁判官 河 村 大 助

裁判官 奥 野 健 一

裁判官 山 田 作之助

裁判官 草 鹿 浅之介

裁判長裁判官池田克は退官につき署名押印することができない。

裁判官 河 村 大 助

上告代理人霜山精一、同吉岡秀四郎、同緒方勝蔵の上告理由

第一点 原判決は所得税法第四五条第二項(更正理由の意味)の意義を、誤解した違法がある。

一 原判決は其理由中に

「その通知書に更正の理由として、

「売買差益率の検討の結果、記帳額低調につき、調査差益率により基本金額修正所得額更正す」

と記載されていることは当事者間に争がない」(判決第  頁)。(中略)

「被控訴人は小石川税務署員の右実地調査の際は、これに協力してその結果を了知しており、また同税務署長は被控訴人に対して更正処分を通知するに先だち、右係官の調査にもとずく、課税内容を説明して、約金十万円の修正を加えた確定申告書の提出方を勧奨したが、被控訴人はこれに応じなかつたのでやむなく、被控訴人に対して上記のとおりの理由を附記した書面を以て、更正処分を通知したことを認めることができる」(中略)(判決第  頁)。

「上記の事実関係に徴すれば、納税者である被控訴人においては、容易に右の理由の記載を右のように理解することができるものと推定される、(標準差益率によつて修正したものでないことは前説示によつて自から明らかである)。もとより更正決定通知書に附記される理由の内容は、更正処分の公正と正確を期する上からも、できるだけ具体的に詳細且明瞭に表示されることが望ましいことであるとしても、右理由の表示方法につき特別の規定はないのであるから申告者において修正理由を理解し得ること目途とすべく、本件修正の理由として上記の程度の記載がある以上は、本件更正処分の理由の附記を欠く(又は理由の不備によりてその附記を欠くに等しい)違法があるものということはできない」(判決第  頁)。

と判示せられ、更正理由は、更正通知書上に記載せられ居る理由では、不明瞭、不充分であつても、其理由書を送達する前に、税務署員が納税者や其帳簿に代て調査をなした際に於て、納税者に申述べた事実等と総合して、納税者が其理由を理解し得る場合は別に税法上には、理由の表示方法に付て特別の規定がないから、通知書の理由其れ自身では不充分であつても差支ない、との意味を判示せられた。

二、然るに所得税法には、青色申告の更正手続に付て、第四五条に

(一) (前略)更正をなす場合においては、その帳簿書類を調査しその調査に因り、所得の計算に誤があると認めたる場合に限りこれをなすことができる。但し申告書に記載された事項によつて、所得の金額及び所得税額又は損失の額の計算については、第九条乃至第十五条の八の規定に従つていないことが明らかである場合、又は誤がある場合においては、当該事項につき前条の規定により、更正をなすことを妨げない。

(二) 政府は青色申告書について、更正を為した場合においては、前条第七項の規定による通知には、同項の規定により附記する事項に代えて更正の理由を附記しなければならない。

(三) 第一項に規定する場合を除く外、政府は財産の価格、若しくは債務の金額の増減、収入若しくは支出の状況、又は事業の規模により所得の金額、又は損失の額を推計して、前条の更正又は決定をなすことができる。

と規定してあつて、青色申告の更正並に其通知に附記する理由に付ては、厳重な規定を掲げられ居るのである。

三 而して右更正の理由の内容は、

(一) 別紙添付の第二十八回国会の参議員大蔵委員会の会議録第三一号(添付第一号書)(甲五号証)

によれば、政府委員の説明として、所得額の更正に付ては、

「具体的にあなたの場合は、こゝに記載漏れがございます。経費の過大計上がございます。売上げの漏れがございます、という証拠をつかまないと直せない。こういうことになるわけであります」

と謂う意味の説明をなされて居り、従て此調査を為したことを理由として、更正がなさるゝのであるから、勿論其理由書にも此事実を明かにす可きものと解する、

(二) 別紙添付の多数の政府委員、及び学者の説明に於ても、又大体右と同様である。(添付第二書)

(三) 別紙添付多数の判決にも、更正理由は之を帳簿に基き具体的に記載す可きものであることを判示せられて居る。(添付第三書)

以上の記載に照せば前記摘示の本件更正理由の様な、完く抽象的で、具体性を欠くものは、理由として不完全で無意味のものであると謂はねばならない。

四 之を詳論すれば、

(一) 青色申告制度の出来た以所は、別紙添付の米国のシャープ博士の来日当時の調査の結果に基く勧告文に基くものである(添付第四書)。

其れによると、我国の所得額の申告は、税務官吏により五十或は百パーセント以上増加されて居り、納税者の家宅又は帳簿を実地調査せずに更正せられて居り、之が為めに納税者は正確なる納税調査手続に協力しない。仍て厳正なる帳簿を作成せしめて之の記載を根拠として、調査を為さし、他方税務吏は帳簿を調べないで更正決定をすることのない様に之を保証せしむるが為め其更正通知に其調査に付ての明確な理由を掲げせしめ、去れば相当の時期には、納税状態が改善せらるゝであろうと謂うことに基くのである。

五 従て、単に本件掲示の抽象的の簡単な理由のみでは、到底右の目的は達成することが出来ないのである。

税務吏が所得を調査するに付て其帳簿上の誤を摘示又は通告するには普通口頭を以て為すものであり、(本件に於ても書面を以て通告した証拠はない)此通知が正確であつても、又納税者が形式上承認したとしても、其れは何れも口頭上の問答に過ぎないので、納税者が其通知を理解して居たか否かは、其申告を訂正しない限りは、其真意は判明しない(本件は反対した)、斯くの如く其調査中の問答は果して正確であるか、判明したか、理解し得たか、又圧し付けではないか、実際問題として実に不安極まるもので此等の口頭問答を前提として、其れと合せて完成せらる可き、理由は頗る不確実で危険極まるものであり、而して其大部分が口頭で、其一小部分(殆んど十分の一位)書面で両者を合併して理由となるが如き理由は殆んど法規中には之を見ること困難である。普通一般法規に於ける書面上に記載す可き理由とは、其記載のみに於て、一応理由として完成せらるゝ場合の理由を謂うものであり、若し半ば口頭、半ば書面を以て完成せらるゝ場合の理由を、(或は補充理由)理由と謂うには特別の規定又は特別の記載を要するものと解する。

六 本来其理由を書面に掲載せしむるの目的は、

(一) 其主張せんとすることを明瞭ならしめんが為、

(二) 其主張が後日改変せられないが為め、

(三) 其主張者に其調査と主張に付ての責任を負はしめんが為め、

等である。

然るに、口頭上の主張並びに其れが果して正確であつたか否かは後日不明であり、之が為め本訴に於ても、多数の人証及び証書を提出して争を続けて居るものであり、従て此等の困難且つ面倒な手続を避けんが為め、税法は調査者側に於て其主張したことを正確に且つ不変ざるの保証の為め書面上の理由を要求せられて居るのである。

七 而も、青色申告制度に於て、此等の弊害を一掃するが為め、白色申告と其手続を異にし、厳重なる帳簿制度を設けて、納税者の正確な記載を要求し、他の一方之が調査者に付ても、調査方法と(帳簿上の調査)の結果に付ての責任を負はしむるが為に、特に其更正処分を為すに付ては、明瞭なる理由の掲上を求められて居るのである。

此厳正なる青色申告制度に於て、本件判示の如き、抽象的で簡単で、其れ自身不明確で、又半ば口頭、半ば書面的の危険な総合理由を採用す可しと謂うが如きは、全く青色申告制度を破壊するものであり、之を採用したものとは、解することが出来ないのである。

八 青色申告制度は前述の如くシヤープ勧告に基くものであり、其採用せられた最初に於ては大宣伝を為して申告者を勧誘したものであるが、其手続と調査が面倒なるが為め、遂に政府は之が為め其後所得税法第四五条第二項の更正理由の附記は訓示規定と主張し理由を附せない場合が多く、而して亦其理由を附する場合と雖も、其理由は抽象的で頗る簡単(一、二行位)例文的であり、殆んど納税者には其内容を理解することの出来ない理由を通例とするに至つたのである。

然るに右の訓示規定説は遂に昭和三一年十一月二九日の東京高等裁判所昭和三一年(ネ)第三七〇号の判決によつて排斥せられ、其判決確定し、而も其前後に於て別紙添付第二書中記載の多数の排斥判決が出て、之が為めに、政府は遂に更正決定に対しては、其理由を付せざる可からざる事情に追い込まれるに至つたのである。

九 従て政府従来の申訳的理由に於ての方針を改め其の従来の一、二行のみの更正通知用紙上の理由欄を一頁以上の理由欄に改善して之を各税務署に其理由の記載方法迄も指導して通達し、全く其面目を改めたのである。(添付第五書)

然るに本件の理由は、右改善以前の訓示規定説時代の理由其ままのものであれば、原審判決は全く、税務手続を曖昧ならしめ、青色申告手続の発達を逆行せしむるもので、時代錯誤の甚しきものと謂はねばならない。

十 仍て本判決摘示の理由は、仮に其れが当事者間のみに於ては判るとしても、一般人には(帳簿の具体性に付て)判るものではなく理由は元来公正公明で其記載自体で一応何人にも判る可き程度のものである可く、当事者間のみに判るものは、当事者間の暗号符号であり、一般的理由ではないのである。

若し仮に之が形式上理由と解せらるゝとするも、其れは補充的の理由で、特別の明文がない限り、之を以て直ちに右税法第四五条第二項の理由とは解することが出来ない。

更に追論すれば、所得税法第四五条第二項の更正理由附記に関する規定は、形式上是非其記載を要求する規定である。恰も判決や決定に対する理由の附記の規定と同様、仮え法廷に於て当事者間には、理由となる可き事情が判明して居たとしても、其理由を明白に掲げなければ、其判決等は無効であると同様、右更正理由附記を欠く手続は無効である。

形式的にも記載を要求する法規は、其事柄が重要であり、其認定した事由を明白に且つ永久的に確保せしめんが為めに、之を理由として書面に残留せしめんとするの手段であれば、当事者間に其事情が判明したからと謂つて理由を明白に掲げなければ違法である。

若し青色申告の更生手続に於て、事情が納税者に判つて居たからとて、之を抄略することが許さるるとすれば、完全に判明して居た場合は、理由を掲ぐるの必要はなしと謂う結論に達する。之れ明かに原審判決の解釈が誤なることを明白に物語るものである。

以上何れの点より見ても、原判決の主張は違法であり、而して多数説の様に其附記す可き理由は必ずしも帳簿に基き、其違算、不当等を直接摘示して之を具体的に掲示しないでもよいものとしても、本件更正理由の如きは、余りに抽象的で、余りに漠然でありこれを以つて正しき附記の理由と解することは出来ない。仍て原審判決は不当である。

第二点 原判決は所得税法第四九条第六項の(審査決定に対する理由)の意味を、誤解した違法がある。

一 原判決の理由中には、

審査請求棄却の「理由として、あなたの審査請求の趣旨経営の状況その他を勘案して審査をしますと、小石川税務署長の行つた再調査決定処分には誤がないと認められますので、審査の請求には理由がありません」

と記載してあり、此記載は全く右第四九条第六項の審査理由の観念を誤つたものである。

二 此記載は単に「審査請求を棄却す」との意味と異なることなく何等之を棄却するの特別の理由を言い現されたものでなく、請求棄却の言廻しを引延ばして、主文の繰返しをなされたに過ぎないのである。

(一) 此審査決定は先ず第一に前記第一点の不当更正理由の形式をそのまま鵜呑みにして、これを適法と認定した不当がある。

(二) この決定は前記更正処分を為すに付ての調査に付、税務吏と納税者との間の問答自体を如何に判断したか、又如何にしてその問答の内容を詳細に知るに至つたかの此等肝要な諸点を明かにせず更正決定を承認した不当がある。

(三) この決定は、納税者が更正理由に又再調査決定理由に、不服を申述べたに不拘、これ等に付て何等特別の事由を明にせずして決定せられた不当がある。(甲第十七号証ノ二参照)

要するに、何等再度の取調を為した表現がなく、全く下級審の調査及び決定理由を援用せるのみの形式を有し、何等新なる調査及判断理由を知らしむる処がなければ、全く理由なきと同様で、従て之を適法と解した原審判決は不当である。

≪第三点以下省略≫

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